水蒸気の流れを捉える差分吸収ライダーの開発に成功
〜水蒸気と風の同時観測を実現、豪雨発生場所の予測精度向上へ〜

更新日:2023.04.26

ポイント

  • 昼夜を問わず、あらゆる方向の大気中の水蒸気と風を同時観測可能な水蒸気差分吸収ライダーを開発
  • NICT独自のレーザ光の波長制御技術により、高精度な水蒸気観測を実現
  • 豪雨発生場所の予測精度向上に大きく貢献すると期待

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)は、電磁波研究所において、昼夜を問わず、あらゆる方向の大気中の水蒸気と風を同時に観測可能な差分吸収ライダーの開発に成功しました。NICT独自のレーザ光の波長制御技術を使って開発した装置を用いることにより、水蒸気量を誤差10%以下で観測する技術を実証しました。この水蒸気と風の観測値を天気予報の数値予報モデルに取り入れて解析を進めることで、線状降水帯などの発生場所の予測精度向上に大きく貢献することが期待されます。 本成果は、2023年4月24日(月)(米国東部時間)に、米国科学雑誌「Optics Express」に掲載されました。

背景

NICTは、ゲリラ豪雨や線状降水帯など大雨をもたらす気象現象に対する防災・減災を目指し、マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダなど雨を観測する技術の研究開発を進めています。大雨をもたらす気象現象の予測精度向上には、大雨が発生する前の大気中の水蒸気と風の情報が重要です。それぞれに様々な観測装置が開発されていますが、目に安全でないレーザ光を用いる装置は鉛直方向の水蒸気観測に限られることや、昼間の観測においては太陽背景光の影響を受けてしまうことなどが課題としてあり、昼夜を問わず、あらゆる方向の水蒸気と風を同時に観測可能な装置はありませんでした。

今回の成果

図1 水蒸気差分吸収ライダー

回開発した水蒸気差分吸収ライダー(図1参照)には、NICTがこれまで培ってきた目への安全性が高い波長2ミクロン帯の赤外線レーザ光を用いているため、任意の方向にレーザ光を射出することが可能です。また、波長2ミクロン帯はライダーに用いられる他の波長帯に比べて太陽背景光の影響が小さいものの、それに加えて、狭帯域な受光システムを用いることにより、太陽背景光の影響を大きく抑制します。これら二つの技術により、昼夜を問わない大気中の水蒸気と風の連続観測を実現しました。

さらに、この水蒸気差分吸収ライダーに、NICT独自のレーザ光の波長制御技術(関連する特許及び論文参照)を組み込むことにより、水蒸気量の多い夏季の実観測において、観測結果がラジオゾンデと良い一致を示すことと、気象予報モデルへのデータ同化に要求される測定誤差10%以下を達成できることを実証しました(図2参照)。また、地表付近の水蒸気と風の水平観測を行い、地上気象観測と良い一致を示す結果が得られました(図3参照)。

水蒸気の観測値を、天気予報の数値予報モデルへデータ同化することで、線状降水帯の予測精度が向上することはこれまでの研究でも示されています。このライダーは、さらに、風の同時観測も可能なため、水蒸気と風を同時にデータ同化することで、線状降水帯の発生位置の予測精度が更に向上することが期待されます。

今後の展望

今後は、水蒸気と風の更なる高精度、高頻度かつ長距離観測のための高出力パルスレーザ開発を行い、このレーザを用いた水蒸気差分吸収ライダーの精度検証を行い、気象予報の精度向上に貢献していきます。また、この水蒸気差分吸収ライダーの社会普及を目指し、安価なシステム開発を行っています。

補足資料

1. 大雨発生の早期予測

図5は、豪雨をもたらす積乱雲の発生前から雨が降るまでを示した模式図です。まず、地面付近の水蒸気を含んだ湿った空気塊が風によって集められ、上昇気流によって上空に持ち上げられて雲が発生します。強い上昇気流により、その空気塊が更に上空に持ち上げられると、上空で多くの雨粒が作られ、最後に、上昇気流で支え切れなくなった雨粒が地面に向かって落ちてくることにより、豪雨が発生します。したがって、豪雨発生の事前予測のためには雨が降る前の大気中の水蒸気の量とその流れを観測することが重要です。

しかし、現在、水蒸気を観測する方法は、観測点に設置されたセンサーによるその場観測が主流で、面的に水蒸気を観測することが困難です。そのため、水蒸気の分布やその流れを観測できる手法が求められています。NICTでは、風と水蒸気の空間分布を観測することができるレーザ光を用いたリモートセンシング技術である差分吸収ライダーの研究開発を行っています。

2. 今回開発した水蒸気差分吸収ライダー

今回開発した水蒸気差分吸収ライダーは、NICT独自のレーザ光の波長制御技術を実証するためのシステムです(図6参照)。このシステムのレーザ光送信系は、主に以下の3つのユニットから構成されています。

  • ① 波長2ミクロン帯の単一波長の連続波を発振させるシードレーザ(元となるレーザ光源)
  • ② シードレーザの波長を観測に適した波長に制御する波長制御装置
  • ③ 波長制御したシードレーザを光注入同期光源とする高出力パルスレーザ

水蒸気に吸収されやすい波長(吸収波長)と吸収されにくい波長(非吸収波長)のパルス状のレーザ光(送信光)を交互に大気中に照射します。大気中のエアロゾルによって散乱されたレーザ光(散乱光)が戻ってくるまでの時間から距離を観測します。そして、散乱光の周波数のずれ(ドップラー効果)を利用して、視線方向の風速を観測することができます。また、散乱光が差分吸収ライダーに戻ってくるまでの間に水蒸気により吸収される強さが2つの波長で異なる、つまり、散乱光の強さの差を利用して水蒸気量を観測します。

現在、NICTでは、水蒸気差分吸収ライダーの社会普及を目指し、安価なシードレーザの開発を進めています。また、水蒸気と風の更なる高精度、高頻度かつ長距離観測のための高出力パルスレーザの開発も進めています。