フィルム状有機半導体センサーを開発、水耕栽培液肥の安定的な計測技術を確立
―液肥を一定濃度に制御した水耕栽培設備で、レタスの栽培実験に成功―
NEDOは「人工知能技術適用によるスマート社会の実現」事業で、水耕栽培に使用する液肥の主要成分を検出するセンサーの基本技術開発に取り組んできました。その一環で今般、東京大学大学院新領域創成科学研究科と(株)ファームシップは、フィルム状の有機半導体センサーを開発し、液肥の主要成分であるカリウムイオンの安定的な計測技術を確立しました。また、このセンサーを用いて液肥を一定濃度に制御した水耕栽培設備でレタスの栽培実験に成功しました。
今後、東京大学大学院新領域創成科学研究科と(株)ファームシップは精度の向上や安定性を検証するとともに、実際の生産現場に適用できるシステムの開発を行います。また、レタスなどの植物工場だけでなく、温室などで行われる養液栽培への適用、さらには農業で広く使われるイオンセンサーへの検討も進めます。さらに、本事業の一環で開発した技術などと組み合わせ、フードロス削減につながる高精度な需給調整システムの実現を目指します。
1.概要
植物工場は露地栽培に比べて天候に左右されず、狭い土地で安定的に生産できることから近年、生産が拡大しています。一方で植物工場内の温湿度や照度などの栽培条件は、ばらつきをモニタリングして、一定に制御する必要がありますが、従来の植物工場では液肥成分の濃度を多地点のモニタリングでリアルタイムに計測する小型で安価な機器がなく、栽培制御の課題となっています。
このような背景の下、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)は「人工知能技術適用によるスマート社会の実現※1」事業に取り組んできました。その一環で国立大学法人東京大学大学院新領域創成科学研究科と株式会社ファームシップは、水耕栽培に使用する液肥の主要成分を検出するセンサーの基本技術を開発しています。
そして今般、大気中で塗布可能な有機半導体を用いたフィルム状のセンサーを開発し、液肥の主要成分であるカリウムイオンの安定的な計測技術を確立し、液肥を一定濃度に制御した水耕栽培設備でレタスの栽培実験に成功しました。
2.今回の成果
(1)有機半導体を用いたフィルム状のセンサーを開発
液肥濃度の分布は野菜生産のばらつきを推定する重要なパラメーターで、成長制御のためには液肥の主要成分であるカリウムイオン(K+)、アンモニウムイオン(NH4+)、硝酸イオン(NO3-)、リン酸イオン(HPO42-)のイオン濃度を簡便に計測できるデバイスを開発する必要があります。従来、銀-塩化銀などの電極電位を測定する場合の基準となる参照電極を用いたイオンセンサーが使われていますが、大型で高価なものが多く、現場では多地点で常時モニタリングすることができませんでした。
そこで今回は有機半導体を用いたイオンセンサーを組み込んだ液肥成分の検出装置の開発を進めてきました。液肥中に置かれた有機半導体の電気伝導度は、隣接イオンとの電気的相互作用によって変化し、この原理により、イオン濃度を測定することが可能です。東京大学大学院新領域創成科学研究科が開発した有機半導体は、大気中で塗布することができ、安価で大面積な有機半導体単結晶薄膜を得られます。これをフィルム基板上に成形し、電極形成を工夫することで、電気二重層トランジスタとして利用します。このような電気二重層トランジスタにイオン選択感応膜を搭載し構造を工夫することで、水溶液中のイオン濃度測定が可能となります。最初に開発する対象イオンとして、野菜成長成分として重要とされるカリウムを対象としたセンサーを開発しました(図1)。
塗布プロセスで作成でき、安価なデバイスが実現可能です。表面の平たんな単結晶薄膜を用いることで、水中での安定かつ鋭敏な電気的動作が可能です。
(2)液肥の主要成分であるカリウムイオンの安定的な計測技術を確立
植物工場の水耕栽培では、長方形の液肥プールの中で植物を育てます。片側から新たな液肥を供給し、反対側から液肥を回収し、浄化後に再度供給する循環方式が一般的です。上流に生育旺盛な株が液肥成分を多量に吸収すると、下流ではその濃度が低くなります。この状況を定量的にモニタリングできれば、供給する液肥の濃度流量を調整して一定の濃度を保てます。しかし、液肥モニタリングを多地点で行うとコスト増につながることから栽培制御に取り込めていないのが実態です。その結果、収穫時の重量に大きなばらつきが発生しています。
今回、植物工場の栽培で開発したセンサーを使って、液肥の主要成分であるカリウムイオン検出による液肥の一定濃度制御に成功しました。
(3)液肥を一定濃度に制御した水耕栽培設備でレタスの栽培実験に成功
今回開発した有機半導体を用いたイオンセンサーを用いて小型の水耕栽培液肥濃度安定化システムとして構築し、液肥を一定濃度に制御するシステムの動作を確認して、レタスの栽培実験に成功しました(図3、4)。この成功でイオンセンサーにおける基本構造の検証ができました。
3.今後の予定
東京大学大学院新領域創成科学研究科と(株)ファームシップは精度の向上や安定性を検証するとともに、実際の生産現場に適用できるシステムの開発を行います。また、レタスなどの植物工場だけでなく、温室などで行われる養液栽培への適用、さらには農業で広く使われるイオンセンサーへの検討も進めます。本センサーは、イオン選択感応膜を変えることで、さまざまなイオンに対応できます。また、印刷プロセスで多種類の感応膜を一度に形成でき、マルチイオンセンサーへの適用も検討します。その後は、本事業の一環で開発した市場価格の予測アルゴリズム※2や重量予測技術※3、良苗判定技術※4などと組み合わせることで、フードロス削減につながる高精度な需給調整システムの実現を目指します。
NEDOは、日本の得意分野に人工知能(AI)技術を応用することで競争優位を確保するとともに、AI技術の有効活用に不可欠な現場のデータの明確化と取得・蓄積・加工のノウハウを確立し、AI技術の社会実装の先行的な成功事例の創出、AI技術における「社会実装の呼び水」となることを目指します。また、社会のさまざまなニーズにきめ細かく対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられるスマート社会の構築につなげていきます。