過去の地磁気の検出によりマンガンノジュールの回転を実証
-球状海底資源が深海底を転がり埋没せずに形成した過程を解明-
ポイント
- マンガンノジュールに記録された過去の微弱な地磁気により、成長しながら回転していたことを実証
- 海洋深層流と海底地形がマンガンノジュールの回転に果たす役割、および回転が内部の酸化状態と微細構造に与える影響を評価
- 海底鉱物資源評価や海底深層流変動予測などへの貢献に期待
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質情報研究部門地球変動史研究グループ 小田 啓邦 上級主任研究員と、国立大学法人 高知大学(以下「高知大学」という)大学院生 片野田 航、臼井 朗 教授、村山 雅史 教授、山本 裕二 教授は、南太平洋ペンリン海盆から採取されたマンガンノジュールに記録された地球磁場を用いて、自然残留磁化方位から過去の姿勢を復元し、この試料がある回転軸のまわりにゆっくり回転したことを示しました。
マンガンノジュールは、深海底で百万年に数mmというゆっくりした速度で成長します(Verlaan and Cronan, 2022)。その形成時期は数百万年以上前であるにもかかわらず、その多くは堆積物表面に半分露出しています(Usui and Ito, 2004)。マンガンノジュールが完全に埋もれずに堆積物表面に存在し続けることができる理由はこれまではっきりしていませんでした。本研究では、過去の地磁気記録を用いることにより、世界で初めてマンガンノジュールが形成過程で回転したこと、回転の原因や回転がマンガンノジュール内部の酸化状態と構造に与える影響を明らかにしました。なお、研究の詳細は、2023年2月28日にGeochemistry, Geophysics, Geosystemsに掲載されました。
開発の社会的背景
マンガンノジュールは、塊状で堆積物表面に分布し、マンガン・鉄のほか、ニッケル・銅・コバルトなどの有用元素を含むため、海底鉱物資源としての価値が高く注目されています。マンガンノジュールについては、国際海底機構の管理のもと、日本を始め各国が鉱区を設定し、探査活動などを行っています。本研究は、この海底鉱物資源として有用なマンガンノジュールの形成過程や形成場を解明するために行いました。
研究の経緯
産総研地質調査総合センターは、その前身である工業技術院地質調査所の頃から、海底鉱物資源を含めて、資源および資源開発の基礎的研究を行ってきました。深海底のマンガンノジュールの研究は、1972年度に開始され、1974年から1983年にかけては、調査船「白嶺丸」により中部北太平洋・南太平洋海域にて進められました(水野, 1982)。本研究では、1983年のGH83-3航海(Usui et al., 1994)により南太平洋ペンリン海盆で採取されたマンガンノジュール試料を用いています。
なお、本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費補助金「琉球層群礁性石灰岩の古地磁気・岩石磁気分析による高分解能地球磁場・気候変動の復元(令和2~5年度)」および「磁気顕微鏡による地球内核形成前後の地球磁場復元と地球生命史への影響の解明(令和3~6年度)」により実施しました。
研究の内容
マンガンノジュールに記録された過去の微弱な地磁気の分析には、超伝導量子干渉素子を用いた岩石磁力計を用いました。マンガンノジュール表面の試料が記録する自然残留磁化方位は、現在の地球磁場方位と一致することが示されました。一方で、マンガンノジュールに記録された自然残留磁化方位は、表面から中心部に向かって連続的に変化すること、それらは大円上に乗ることが確認されました(図1)。このことは、マンガンノジュールがこの大円の極の周りに回転し、それとともに磁化が連続的に記録されていったことを示します。
研究に用いたマンガンノジュールは、南極から運ばれる酸素に富む海洋深層流(南極底層流)の影響を受ける深海底(概要図左図の赤四角)の小さな丘のふもとの緩やかな傾斜地点にあります。回転の原動力としては、(1) 深海底の底生生物による攪拌、(2) 深層流による水圧、(3) 斜面下向きへの重力などが考えられます。(1)は同じ方向に継続回転させることが困難、(2)の水圧では力不足です。傾斜が緩やかであるため、(3)の重力も不足しています。これら単独の力では説明が困難なため、(2)と(3)の組み合わせを要因として、深層流下流側で堆積物が巻き上げられて除去されたために徐々に深層流下流側(北東傾斜方向)に回転移動したと考えました。
自然残留磁化方位から復元したマンガンノジュールの姿勢の時間変化を図2に示します。回転によって、マンガンノジュール周辺の堆積物から上昇してくる側は、海水(酸素に富む深層水)にさらされて、堆積物に埋もれた貧酸素的環境から酸化的な環境に急激に変化したと考えられます。
低温磁性分析などから、マンガンノジュールには磁鉄鉱の粒子が含まれることがわかりました。また、磁鉄鉱粒子は酸化されてマグへマイトになっていること、特にマンガンノジュール中心部で強く酸化されていることが低温磁性に基づく特性値(ΔMc; Özdemir and Dunlop, 2010)からわかりました。いっぽう、ベリリウム同位体分析によるマンガンノジュールの中心部の形成年代は800万年よりも古いことがわかりました。マンガンノジュールに77万年以前の逆磁極期の記録が残っていないことは、この試料が形成されたときに獲得された初生残留磁化が失われて、そのかわりに二次残留磁化が獲得されたと解釈できます。これらの状況から、磁鉄鉱が酸素を多く含む南極底層流にさらされて低温酸化することによって二次残留磁化を獲得したと考えました。また、マンガンノジュールの回転は堆積物に富む領域と、海水起源の水酸化マンガン・水酸化鉄に富む領域が混ざった層が全方位均等に成長する環境を作り出しているとも言えます。このことは、マンガンノジュールに含まれる元素分布にも影響を与えるため、回転運動は海底鉱物資源の評価でも重要と考えられます。
マンガンノジュールの2種類の異なる領域については、図3で確認することができます。各図の白点線、白実線で囲まれた部分は、それぞれ堆積物を多く含む領域と海水起源の水酸化マンガン・水酸化鉄を多く含む領域の代表例を示します。低保磁力率が高い領域は堆積物を多く含む領域と一致します。堆積物を多く含む領域は隙間が多く、外から酸素に富んだ海水が通過する通路としての役割を果たします。海水が多く浸入したために、磁鉄鉱からマグへマイトへの酸化が完全に進み、二つの磁性層の間で発生する応力(ストレス)が解放されて保磁力が低くなったと考えられます。磁鉄鉱の場合、内部の応力が高くなると保磁力が高くなることが知られています。
今後の予定
今後は、マンガンノジュールの回転運動の普遍性について、同じ海域の別の試料や異なる海域の試料について検証します。また、マンガンノジュール内部の酸化状態と構造への回転の影響、成長過程の詳細を解明し、海底鉱物資源評価、海洋深層流変動などの地球環境予測に貢献します。