窒化物半導体薄膜結晶を作製するための新手法を開発
-窒素プラズマを供給して世界最高品質を実現-

更新日:2022.5.25

ポイント

  • 準大気圧プラズマ源を組み込んだ有機金属気相成長装置を独自に開発
  • 高密度窒素系活性種を原料に高品質窒化インジウムの成長を実現
  • 赤色から近赤外域の高効率光デバイスや次世代高周波デバイスへの応用に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という) 窒化物半導体先進デバイスオープンイノベーションラボラトリ 王 学論 ラボチーム長、熊谷 直人 チーム付、山田 永 ラボチーム長、電子光基礎技術研究部門 榊田 創 研究部門付、清水 鉄司 研究グループ長らは、窒化物半導体、特に窒化インジウム(InN)やIn含有率の大きい窒化インジウムガリウム(InGaN)に対する薄膜結晶の新しい気相成長技術を開発した。

この技術では、従来の有機金属気相成長(以下「MOCVD」)装置の原料ガス導入ユニットに独自の準大気圧プラズマ源を統合した。これにより、高密度の窒素系活性種を試料表面に供給することで、InN薄膜結晶の高品質化に成功した。本成果により、次世代太陽光発電やVR/ARディスプレーなどに必要な赤色から近赤外域の高効率光デバイス、次世代高周波デバイスの実現が期待できる。

プラズマ源とインジウム原料ガス供給ラインを統合した原料ガス導入ユニットの模式図

開発の社会的背景

窒化インジウム(InN)は窒化物半導体の中で最大の電子移動度、14,000 cm2/Vs(理論値)を有し、近赤外(1.8μm)に対応したバンドギャップエネルギー(0.7 eV) を持つことから、ポスト5Gに向けた次世代高周波デバイス、波長の温度依存性が小さいレーザーなど近赤外光デバイスの基盤材料として有望である。

窒化インジウムガリウム(InGaN)半導体は、Inの含有率を増やすことによって、発光波長を紫外から近赤外まで長波長化することが可能である。そのため、地上での太陽光の波長域に対応した高効率太陽電池や赤色の光を発するマイクロダイオード(マイクロLED)デバイスなどへの応用も注目されている。赤色発光マイクロLEDの高効率化により、VR/ARディスプレーの最有力候補であるマイクロLEDディスプレーの実現が期待される。高効率太陽電池および赤色マイクロLEDの実現のためには、In含有率が30から100%(100%はInN)および30から40%のInGaNがそれぞれ必要とされている。

MOCVD法を用いたInNや高In含有率InGaNの成長においては、成長温度の制御が極めて重要である。In原子は成長表面から脱離しやすく、800℃以上の温度ではほとんど結晶中に取り込まれない。このため、InNや高In含有率InGaNの成長は、650℃以下の低い温度で行う必要がある。従来のMOCVD法では、アンモニアガスの熱分解により、成長に必要な窒素系活性種を成長表面に供給しているが、アンモニアガスの効率的な分解のためには900℃以上の高温が必要である。このため、InNや高In含有率InGaNの成長に必要な650℃程度の低温においては、十分な量の窒素系活性種を成長表面に供給することができず、高性能なデバイスに要求される高い電子移動度や高い発光効率を持つ薄膜結晶の作製が困難である。これまで、MOCVD法による高品質InN薄膜結晶の実現に向けて、反応室の圧力を大気圧以上に高めた加圧MOCVD法やリモートプラズマによる窒素系活性種供給を行う減圧(~0.1 kPa)MOCVD法などが世界的に試みられてきた。しかし、得られた結晶の転位欠陥の密度は2×1011cm-2よりも高く、高品質結晶の実現には至らなかった。

研究の経緯

産総研では、窒化物半導体の光および電子デバイスへのさらなる応用に向けた中で、量産技術であるMOCVD法により、高品質なInNと高In含有率InGaN薄膜結晶の成長技術の確立を目指してきた。アンモニアガスの熱分解の代わりに、低温で窒素系活性種を生成できる技術として、プラズマを用いて窒素やアンモニアガスを分解する方法が考えられる。しかし、従来のプラズマ源はMOCVD法の成長圧力である1から10 kPaの準大気圧領域において安定的に動作しない問題があった。産総研では、先進プラズマ技術の開発も進めており、これまで1から10 kPaの圧力領域で安定的に動作する準大気圧プラズマ源を開発してきた。当該プラズマ源は、従来のプラズマ源よりも1桁以上高い窒素原子密度 (›5×1014 cm-3)と1桁以上高い動作圧力(›1 kPa)を特徴としており、高品質な窒化物半導体薄膜結晶成長の窒素系活性種供給源として有望である。このような背景から、産総研では、上記プラズマ源を組み込んだInNおよび高In含有率InGaN薄膜結晶成長のためのMOCVD装置の開発を進めてきた。

今後の予定

今後、装置のさらなる改良や成膜条件の最適化などを行い、より高品質なInNの成膜や高効率な赤色発光InGaN量子井戸構造の作製を行うと同時に、それらを用いた高効率光・電子デバイスの開発を進める