脳の短期記憶のスイッチメカニズムを発見

2021.3.2 更新

ポイント

  • 脳の記憶の初期段階を調節する分子メカニズムを解明
  • シナプトタグミン7の量を変えることによって、神経伝達の可塑性を調整することに成功
  • ヒトの脳細胞の記憶に、より近づいた新しい人工知能の開発への応用を目指す
  • 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸) 未来ICT研究所の吉原 基二郎 総括研究員のグループは、脳の短期記憶の増減のスイッチメカニズムを発見しました。

    本実験では、マサチューセッツ工科大学(MIT)において作成されたシナプトタグミン7という分子の突然変異体を利用し、シナプトタグミン7の欠損及び発現調節の実験から、記憶の始まりを担う短期シナプス可塑性であるシナプス促通がシナプトタグミン7の発現量に応じて連続的に増大したり減少したりすることを発見しました。今まで、短期シナプス可塑性の分子機能はほとんど理解されていなかったので、その分子メカニズムが明確に示されたのは今回初めてのことです。

    背景

    人工知能は脳のように情報処理を行う計算機のことですから、脳の記憶がどのようにしてできるかがまだ解明されていない今、本物の脳の機能を摸したマシンはまだつくれません。そこで、NICT未来ICT研究所 記憶神経生物学プロジェクトでは、脳内情報通信のキーである記憶形成の基本原理を追求し、それを人工知能に応用する研究に取り組んでいます。

    今回の成果

    我々は、今回、脳の神経伝達の増大と減少のスイッチ機構を発見しました。その方法として、当プロジェクトでは、ショウジョウバエの卵の中の神経と筋肉の間のシナプス伝達を電気記録するという世界でも当プロジェクトのみが使用できる実験技術で、シナプトタグミン7分子を欠損する突然変異体のシナプス伝達を調べました。

    神経細胞のつながる部位であるシナプスには、シナプトタグミン1、4、7が局在しています。このうち、シナプトタグミン7の機能は、今までは、ほとんど理解されていませんでした。

    シナプス伝達が連発刺激につれて次第に大きくなるシナプス促通(図1上参照)は記憶の初期現象であり、シナプス伝達の後でシナプスに残存するカルシウムによって起こるということが以前から分かっているので、カルシウムに結合する性質を持つシナプトタグミン7は、シナプス促通における役割が期待されます。

    シナプトタグミン7が欠損していると、正常より何倍ものシナプス伝達が起こっていることが分かりました(図1下参照)。これは、シナプトタグミン1でも確認されたシナプス伝達のストッパーとしての機能をシナプトタグミン7が持つことを意味します。それに伴って、伝達物質が過剰に放出されて枯渇するため、シナプス促通が見られません。染色体の片方だけがシナプトタグミン7を欠損する突然変異体の場合はシナプトタグミン7の量が半分になるのに伴い、両方ともが欠損したものと正常のちょうど中間程度のシナプス伝達と促通になりました。さらに、シナプトタグミン7を過剰発現させると、正常より更にシナプス伝達は抑えられ、その分、シナプス促通は大きくなります。

    つまり、シナプトタグミン7の量が多いほど、シナプス伝達をより抑えることによって、シナプス促通の程度は大きくなる、ということを明らかにしました。

    今後の展望

    今後は、短期可塑性に続いて長期可塑性へと変換される仕組みを追求していく予定です。短期記憶から長期記憶へ変化するメカニズムを解明するため、当プロジェクトでは、以前Science誌に提唱した記憶の一般仮説である“ローカルフィードバック仮説”(用語解説 図2参照)をベースとして、記憶の原理を追求しています。この仮説は、短期記憶から長期記憶に移行する仕組みを説明していますが、そこでのシナプトタグミン7の役割も調べていく予定です。


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